東京地方裁判所 平成9年(ワ)25722号 判決 1998年3月06日
原告
株式会社シンワ
右代表者代表取締役
石原恒
右訴訟代理人弁護士
冨永長建
被告
有限会社スキャナー光芸
右代表者代表取締役
長橋明
被告
丸井物産株式会社
右代表者代表取締役
板木優
被告
国
右代表者法務大臣
下稲葉耕吉
右指定代理人
関澤節男
外三名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求の趣旨
原告と被告らとの間において、原告が別紙供託目録記載の供託金について還付請求権を有することを確認する。
第二 事案の概要
一 請求原因
1 原告は、平成八年一一月二五日、被告有限会社スキャナー光芸に対して一八〇万円を、利息及び損害金日歩10.96銭、元本の弁済方法は平成八年一二月から平成九年三月までは毎月二七日限り(平成八年一二月は二五日限り)三五万円、平成九年四月二五日に四〇万円の分割弁済との約定により貸し付けた。
2 被告有限会社スキャナー光芸は、平成八年一一月二五日の貸付時に、原告に対し、同被告が右貸金の返済を怠ったときは、弁済に代えて、同被告が有限会社中央カラープロセスに対して有する請負工事代金債権全額をあらかじめ原告に譲渡することを約した。右債権は、その後、次のとおり確定した。
(一) 平成八年一二月一日から同月末日までの写真製版分解代金六三万三五五三円、弁済期平成九年六月三〇日支払分
(二) 平成九年一月一日から同月末日までの写真製版分解代金二二万八四五四円、弁済期平成九年七月三一日支払分
3 右消費貸借契約及び債権譲渡契約を締結した際に、被告有限会社スキャナー光芸は原告に対し、次のとおり約した。
(一) 同被告が振出、引受、裏書した手形、小切手が一通でも不渡りとなったとき、又は同被告が元利金の支払を一回でも怠ったときは、同被告は期限の利益を失い、譲渡に係る債権は確定的に原告に帰属する。
(二) その場合、原告において同被告に代わって有限会社中央カラープロセスに対し、債権譲渡の通知書を発送することができる。
(三) そのために用いる同被告の記名捺印のある内容証明郵便の用紙を原告に交付する。
4 被告有限会社スキャナー光芸は、平成八年一二月二五日に支払うべき三五万円の支払をしなかった。そこで、原告は、前記内容証明郵便を補充完成して、同被告名義で有限会社中央カラープロセスに債権譲渡の通知書を発送し、右通知は平成九年一月二三日同会社に到達した。
5 有限会社中央カラープロセスは、右債権譲渡通知に係る債権について、原告のほか、被告丸井物産株式会社に譲渡する旨の通知がなされており、また、被告国(所管庁・東京国税局)からの差押通知も送達されており、真の債権者を確知できないとして、別紙供託目録記載の供託をした。
6 よって、原告は被告らに対し、請求の趣旨記載の判決を求める。
二 請求原因に対する被告国の認否
1 請求原因1ないし4の事実は不知ないし争う。
2 同2の事実は認める。
三 被告国の主張
被告有限会社スキャナー光芸が原告に対して譲渡した債権は、未だ発生していない将来の債権であり、その発生原因について何らの特定もされていないばかりか、その始期と終期すら明らかにされていないので、原告の主張する債権譲渡は無効である(最高裁昭和五三年一二月一五日判決・判例時報九一六号二五頁参照)。
四 被告国の主張に対する原告の反論
本件のような債権譲渡は、金融取引において、一般的、日常的に行われているものであり、最高裁昭和四八年四月六日判決(民集二七巻三号四八三頁)においても、その有効性が認められているものである。
第三 当裁判所の判断
一 判断の基礎となる事実
甲第一ないし第四号証によれば、次の事実を認めることができる。
1 原告は、平成八年一一月二五日、被告有限会社スキャナー光芸に対して一八〇万円を、利息及び損害金日歩10.96銭、元本の弁済方法は平成八年一二月から平成九年三月までは毎月二七日限り(平成八年一二月は二五日限り)三五万円、平成九年四月二五日に四〇万円の分割弁済との約定により貸し付けた。
2 被告有限会社スキャナー光芸は、平成八年一一月二五日の貸付時に、原告に対し、同被告が右貸金の返済を怠ったときは、弁済に代えて、同被告が株式会社ポーラ印刷、中山製版株式会社及び有限会社中央カラープロセスに対して有する債権全額をあらかじめ原告に譲渡することを約した。しかし、同被告が原告に対して譲渡を約した右債権については、右のとおり債務者が特定されているのみで、それ以外には、契約上の債権であるか不法行為債権その他の契約外の債権であるか否かも含め、債権の種類の表示が一切なく、また既に発生している債権か将来債権かの区別も表示されておらず、債権額の表示もされていない。
被告有限会社スキャナー光芸から原告に譲渡された右債権についての債権譲渡の通知は、右譲渡契約締結の際にはなされず、被告有限会社スキャナー光芸が振出、引受、裏書した手形、小切手が一通でも不渡りとなったとき、又は同被告が元利金の支払を一回でも怠ったときに譲渡に係る債権が確定的に原告に帰属するものとされ、その場合、原告において同被告に代わって各債務者(第三債務者)に対し、債権譲渡の通知書を発送することができ、そのために用いる同被告の記名捺印のある内容証明郵便の用紙を原告に交付するものとされていた。
3 被告有限会社スキャナー光芸は、平成八年一二月二五日に支払うべき三五万円の支払をしなかった。そこで、原告は、平成九年一月下旬ころ、前記内容証明郵便用紙を用いて、「被告有限会社スキャナー光芸の有限会社中央カラープロセスに対する売掛代金の平成九年一月二二日現在の未払分全額を譲渡する」旨を補充完成して、同被告名義で有限会社中央カラープロセスに債権譲渡の通知書を発送し、右通知は平成九年一月二三日同会社に到達した。
4 原告が被告有限会社スキャナー光芸から譲り受けた本件債権は、平成九年五月七日、有限会社中央カラープロセスの供託により、次のとおりであることが判明した。
(一) 平成八年一二月一日から同月末日までの写真製版分解代金六三万三五五三円、弁済期平成九年六月三〇日支払分
(二) 平成九年一月一日から同月末日までの写真製版分解代金二二万八四五四円、弁済期平成九年七月三一日支払分
二 被告有限会社スキャナー光芸から原告に対する本件債権譲渡の有効性
前記一認定の事実によれば、被告有限会社スキャナー光芸から原告に対する債権の譲渡は、貸金の担保のためになされたものであり、譲渡された債権について、契約上の債権であるか否かも含め、債権の種類の表示が一切なく、また、いつからいつまでの間に発生した債権であるのかはもとより、既に発生している債権か将来債権かの区別すら表示されておらず、債権額の表示もされていないものである。このように、右債権譲渡に係る債権は、包括的で特定性を欠くものであることから、債権譲渡の際に譲渡の通知がなされておらず、被告有限会社スキャナー光芸の債務不履行が生じて初めて、同被告に代わって、債権譲受人である原告が同被告のあらかじめ差し入れた用紙を用いて譲渡通知が発せられているものである。
被告有限会社スキャナー光芸から原告に対する右債権譲渡は、譲渡の目的となった債権について右のとおり特定性を欠くものであり、無効であるものといわなければならない。
しかも、本件においては、原告が被告有限会社スキャナー光芸名義で発した債権譲渡通知には、譲渡に係る債権は売掛代金債権であると記載されているのに、有限会社中央カラープロセスの供託によって明らかとなった債権は、写真製版分解の業務に関する請負代金債権であったのであり、したがって、右譲渡通知において表示された債権と有限会社中央カラープロセスが供託した右債権とは同一性がなく、したがって、右譲渡通知は、供託に係る右債権の譲渡通知としての効力を有しないものというべきである。
三 結論
以上のとおり、被告有限会社スキャナー光芸から原告に対してなされた債権譲渡は、譲渡の目的となった債権の特定性を欠いており、無効であり、また、右債権譲渡の通知は別紙供託目録記載の供託に係る債権の譲渡通知としての効力を有しないものというべきであるから、被告国に対し、原告が別紙供託目録記載の供託金について還付請求権を有することの確認を求める原告の請求は、理由がない。被告国以外の被告らは、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しないから、請求原因事実を認めたものとみなされるが、原告主張に係る請求原因事実が認められても、被告有限会社スキャナー光芸から原告に対してなされた債権譲渡が、譲渡の目的となった債権の特定性を欠いており、無効であることに変わりはないから、原告の被告国以外の被告らに対する請求も理由がない。
よって、原告の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官園尾隆司)
別紙供託目録<省略>